あまりかぜ

4th Full Album

Track

  1. アパートメントの宇宙
  2. かじられている
  3. あまりかぜ
  4. まともになれない
  5. ダンスホールへ
  6. ディファ
  7. ゆうぐれ
  8. カノン
  9. やすもの

MUSIC VIDEO

RECOMMEND

「本、お笑い、映画、演劇、落語など音楽以外のところからインスピレーションを受けて制作しているのがこのバンドの特徴……」。スタッフからのメールには間違いなくそう書いてある。もちろん、確かにプロセスの段階ではそうなのかもしれない。だが、ここに届いた新作『あまりかぜ』……に限らずだが、シュリスペイロフというバンドがやっぱりどうしようもなくロックでしかないのはなぜなのだろう。ここで鳴らされているのは、100%混じりけのないロックでしかない。それも、ギミックなしのギター・オリエンテッドなロック。乱暴な言い方をすれば、何から影響を受けようと、何に感化されようと、音を鳴らせばロックになってしまう。むしろ、これしかできない、といったその不器用なまでな横顔こそが魅力なのだろう。

シュリスペイロフの結成は1999年。メンバーとは一度も話したことがないが、どういう音楽が好きなのかは想像に難くない。それをここで一つ一つつまびらかにすることはしないが、90年代のオルタナティヴ・ロックの時代のあの赤裸々なギター・ロックの音に産湯をつかい、そこから遡りルーツへと向かう、その旅の途中で様々な意匠に出会い、その刺激を吸収しながら裾野を一気に広げ……るわけではなく、それでも、90年代のあの空気を背負ったギター・オリエンテッドなロックンロールというスタイルにこだわり……というか、そこに居場所をずっと持ち続けている、そんなバンド。今もこうして彼らの最新作を繰り返し聴きながら、筆者はこのやっぱりどうしようもなくブルーにこんがらがった音の彼方を見つめている。

例えばこの新作には「カノン」という曲がある。パッヘルベルが作曲した有名な「カノン」という曲に象徴されているように、もともとはクラシックの様式の一つを指す用語だが、ここで彼らシュリスペイロフは必ずしもその追唱するポリフォニックなスタイルをとっているわけではない。3拍子でゆるやかに進行する曲ながら、あくまで3ピース・バンドという枠組みの中でエモーションの塊となって後半に向かって大きく大きく昇華していく。だが、ここにはやや陰鬱で諦念の香りさえ漂う。タイトル曲でもある「あまりかぜ」に至っては、ヴォーカル/ギター担当の宮本英一が、最近専ら夢中になっているという落語の中に出てくる“極楽の余り風”からとられているそう。確かに桂米朝などで知られる『夏の医者』の中にこの一節が登場するが、本来、“夏の最中に感じられる心地良い風”を意味する言葉も、この曲の中ではやっぱりどこかに翳りを携えたままの主人公がいる、そんな曲だ。ちっとも心地良い風ではない、どちらかと言うと、その心地良い風が虚しくもあり、でもそれがなんだかちょっと可笑しい、そんなニヒルな風合いさえ感じさせる作品になっている。

恐らくシュリスペイロフというバンドにとってのロックとは、こうした諦念、ブルー、不安、斜陽……といった言葉が孕むイメージを表現しうるものなのだろうと思う。それは、ともすればダークでもあり、ナードでもあり、救いがほとんどない絶望スレスレの様相でもあり……でも、彼らはそこに特別の美学を感じているのではないか。それこそ、90年代のオルタナティヴ・ロックや、そのルーツに当たる60年代のサイケデリック・ロック、ガレージ・ロックがそうであったように。

心地良い風も、晴れやかな君の笑顔も、楽しいはずの今日という一日も、もしかすると明日には跡形もなく消えてしまうかもしれない。いや、きっと失われてしまうに違いない。でも、だから、どうだというのだ。そうやって消え失せてしまうかもしれないから美しいのではないのか。どれほど広義なカルチャーに影響を受けても、シュリスペイロフというバンドがかたくなにロックというフォルムに着地するのは、恐らくそんなあまりにも感傷的なロマンティシズムに貫かれているからなのかもしれない。

2016年7月
岡村詩野

DATA

  • 2016.8.10 Release
  • DELICIOUS LABEL QECD-10002(BUMP-057)
  • ¥2,500(tax in)